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東京地方裁判所 平成6年(ワ)19553号 判決 1996年5月29日

第一事件原告(第二事件被告)

陳萍

第三事件原告

谷浦俊徳

第一事件被告(第三事件被告)

稲垣好英

第一事件被告(第二事件原告第三事件被告)

大丸交通株式会社

主文

一  第一事件原告(第二事件被告)陳萍及び第三事件原告谷浦俊徳の請求をいずれも棄却する。

二  第一事件原告(第二事件被告)陳萍は、第一事件被告(第二事件原告、第三事件被告)大丸交通株式会社に対し、金二二五万五八八七円及びこれに対する平成五年六月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用のうち、第一事件及び第二事件について生じた部分は第一事件原告(第二事件被告)陳萍の負担とし、第三事件について生じた部分は第三事件原告谷浦俊徳の負担とする。

四  この判決は、二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  第一事件

第一事件被告(第三事件被告)稲垣好英(以下「稲垣」という。)及び第一事件被告(第二事件原告、第三事件被告)大丸交通株式会社(以下「大丸交通」という。)は、第一事件原告(第二事件被告)陳萍(以下「陳」という。)に対し、各自金九五五万〇六七〇円及びこれに対する平成五年六月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  第二事件

主文二項と同旨

三  第三事件

稲垣及び大丸交通は、第三事件原告谷浦俊徳(以下「谷浦」という。)に対し、各自金三六〇万円及びこれに対する平成五年六月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実

平成五年六月一二日午後九時ころ、東京都渋谷区三丁目一番先六本木通り渋谷二丁目交差点(以下「本件交差点」という。)において、稲垣運転の普通乗用自動車(足立五六あ一七七七。以下「稲垣車」という。)と、陳運転の普通乗用自動車(品川三三は二七七八。以下「陳車」という。)が衝突した(以下「本件交通事故」という。)。

なお、大丸交通は、稲垣車を所有し、同車を営業用のタクシーとして稲垣に運転させていた。

二  争点

1  陳及び谷浦の主張

本件交通事故の原因は、本件交差点において、陳車が、右折青矢印信号に従い、右折しようとしていたところ、稲垣車が、対面信号が赤であるにもかかわらず、高速で直進したことにある。

そこで、陳及び谷浦は、稲垣に対し、民法七〇九条に基づき、大丸交通に対し、自動車損害賠償補償法三条ないし民法七一五条に基づき、それぞれ損害賠償を求める(第一事件及び第三事件)。

2  稲垣及び大丸交通の主張

本件交通事故の原因は、本件交差点において、稲垣車が直進青矢印信号に従つて直進したところ、陳車が、対面信号が赤であるにもかかわらず、右折したことにある。

そこで、大丸交通は、陳に対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償(本件交通事故で大丸交通所有の稲垣車が損傷したことに係る、修理費二二二万六四二七円及び牽引料二万九四六〇円の合計二二五万五八八七円、並びに遅延損害金)の支払を求める(第二事件)。

第三当裁判所の判断

一1  渋谷駅から六本木に至る道路は片側三車線あり、国道二四六号線(青山通り)から明治通りに至る道路は片側二車線である(甲第一四号証の二ないし四)ため、本件交通事故が起きたのが午後九時ころであることを考慮しても、本件交差点を通る車両はかなりあつたものと推認できるから、稲垣が、仮に、自車の対面信号が赤であるにもかかわらず、本件交差点に進入したとするなら、渋谷駅から進行し本件交差点で右折する車、あるには、国道二四六号線(青山通り)又は明治通りから本件交差点に進入する車と衝突する危険性が極めて高いというべきものである(甲第一四号証の四)。

そして、稲垣は、本件事故当日、出庫が午後六時ころで帰庫が午前三時ないし四時ころとされており、当日の売上げも普通よりやや上回つており、東京駅から二名の乗客を乗せて、本件交差点に差し掛かつていたこと(乙第四号証二頁、同人の本人調書二一項)から、同人が、赤信号であるにもかかわらず、乗客等を危険にさらし、あえて本件交差点を通過する必要性はない。

また、稲垣は、陳車を約四二・五メートル離れたところで発見している(甲第一四号証の三(現場見取図)の、<1>から<2>までの一七メートルと、<2>から<3>までの二五・五メートルを合計した数値)ため、仮に自車の対面信号が赤であつたなら、陳車ないしその後続車が本件交差点に進入し、自車と陳車ないしその後続車とが衝突する危険性が高いことを容易に予見できたはずであるから、本件交差点に進入するとは考えにくい。

したがつて、稲垣車の対面信号は青(直進青矢印信号)であつたと考えるのが合理的であり、同趣旨の稲垣の供述(乙第四号証三頁、四頁、同人の本人調書六項)は信用できる。

2  一方、陳は、日本の免許を持つていない可能性が高く、日本の道路状況に疎かつた(谷浦の証人調書九頁、三〇頁、三一頁、四七頁から四九頁まで、弁論の全趣旨)にもかかわらず、夜間である午後九時ころ、大型車で左ハンドルである、陳車を本件交通事故が起きる約二〇、三〇分前に初めて運転したこと(乙第一五号証三頁、四頁、谷浦の証人調書六頁、三三頁、三四頁)からすると、陳は、自車の対面信号を見ていなかつた可能性が高い。

そして、本件交通事故当時、谷浦が助手席でシートを倒して横になつていた旨稲垣が述べていること(乙第四号証五頁、同人の本人調書三項)に加え、谷浦が、本件事故当日、陳車を運転して、昼から渋谷を出発して御殿場方面へ行つて再び渋谷に帰る予定であり、本件交通事故まで約二時間ないし二時間半陳車を運転した(谷浦の証人調書三三頁から三七頁まで 四九頁)ため、疲労していたと考えられることから、谷浦は、陳に運転をゆだね、助手席でシートを倒して横になつて休んでいたものと推認できる。

また、谷浦が、本件交差点に進入する前に、矢印の右折マークを確認した旨証言しておきながら、その直後に青矢印がなかつたと矛盾する証言をしていること(同人の証人調書一〇頁)、同人が、陳に対し、本件交差点において進行方向を指示する際、Uターンと言うべきところ右折と言い間違えたと証言していること(同人の証人調書五〇頁)からすると、同人は、周囲の状況を確認していなかつたものと推認できる。

以上述べたところに加え、稲垣車の対面信号が直進青矢印信号との稲垣の供述が信用できること(前記1)からすると、陳車は、自車の対面信号が赤であるにもかかわらず本件交差点に進入したものであり、したがつて、陳車が、自車の対面信号が右折青矢印信号であることを確認して、本件交差点に進入した旨の谷浦の証言(甲第一五号証四頁、同人の証人調書三九頁、四一頁)は採用できない。

3  以上1及び2で述べたことを総合すれば、本件交通事故の原因は、陳車が、自車の対面信号が赤であるにもかかわらず本件交差点に進入したためであり、稲垣は、本件交通事故発生につき故意又は過失がないから、民法七〇九条に基づく損害賠償責任を負うことはなく、大丸交通も、稲垣は、本件交通事故発生につき故意又は過失がなく、また、本件交通事故が陳の過失によるものであるから、民法七一五条ないし自動車損害賠償補償法三条に基づく損害賠償責任を負うことはない。

二  陳は、自車の対面信号が赤であるにもかかわらず本件交差点に進入したという過失により、本件交通事故を起こし(前記一)、大丸交通所有の稲垣車を損傷させたところ、大丸交通は、稲垣車の、修理費として二二二万六四二七円、牽引料として二万九四六〇円の支出をしたことが認められる(甲第一四号証の五、乙第一号証の一ないし三、同第二号証の一・二、弁論の全趣旨)。

したがつて、陳は、大丸交通に対し、右修理費及び牽引料の合計額二二五万五八八七円、並びに本件交通事故発生の日である平成五年六月一二日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務を負う。

三  よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 栗原洋三)

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